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ムダと一緒に捨てたもの(IT Pro)

俺もこの文を読むまで「問屋とか中間業者いらないじゃん。メーカー直取引でいいと思うけど?」と思ったんだが、

 代々の仕事を引き継ぐある工房主の方が話しておられた。「昔は、問屋さんが折々に買ってくれたものです。季節とか景気とかによって売れる時期も売れない時期もあったと思いますが、なるべくコンスタントに仕入れて在庫してくれていたんです。だから、安心して仕事が続けられた」。けれど、問屋さんを通さない流通経路がどんどん太くなり、問屋自体もその機能を放棄しつつあるという。「最近は、買って問屋さんの方で在庫するということはやってくれなくなりました。それで、小売店から注文があったときだけ言ってくるんです。単なる仲介役になってしまっているんですね」。
(中略)
 大資本を保有するものに「持つものとしての責任」を問わずとも、かつては問屋に限らず社会全体が、大きな組織も小さな組織も身の程に緩衝材としての機能を果たしていたという話を聞いたことがある。例えば、「ツケ」という制度。米屋も乾物屋も支払いは盆暮の年2回だった。資金が底をついても、半年間は何とか食べるだけは食べていけたのである。さる漆芸家の方も、その制度にずいぶん助けられたと言っておられた。

「若くして独立したんですが、手元資金はほとんどない。今考えれば何とも無謀です。でも、田舎にはまだツケ払いの制度が残っていて、これに助けられました。作品を作るには材料も必要だし道具も調えなければならない。その支払いが最大で半年は待ってもらえるわけですから。この制度があったからこそ独立できたのだと思います。でも今ではそうはいきませんね。駆け出しの職人なんかに銀行がカネを貸してくれるわけもないし、漆だって道具だって現金がないと買えない」

これを考えると、やはり問屋とかそういったものはいるのかなあ、と思わないでもない。
けどなあ………そのために経費がかかって、ということになって物の値段が上がる、ということになると、うーん。
けど、amazonとかの台頭を考えると、またあり方が変わってくるんだろうなあ。